子供嫌い

最近、昔の事を良く思い出す。
歳のせいか。「ここには書けない事情」のせいか、
よくわからない。
短くするつもりが、また長くなっちゃった。
許せ。
30年から40年前頃、お互いの家が近かったせいで時々
我家の家族と叔父一家で、宴会というか一緒にご飯を食べた。
小学生から中年生の頃だと思う。
私は大人達の、宴会(酒飲んで話す事→やっぱ宴会か)の場に
いるのがたまらなく嫌だった。
しらふの時より大人の汚い部分が良く見えて来る様な気がした。
私の家極は極貧というほどでは無かったが、
ほどほどにに貧しかったので自分の部屋が無く、逃げ場がなかった。
仕方なく一緒に座って、酒のつまみ以外で食べられそうなものを食べた。
嫌なのは子供だから話題に入っていけない、からではない。
話題は他の親戚の消息、仕事の自慢話、思い出話、仕事の愚痴、
あ〜退屈だ、他にやりたいことが山ほどある。
たまに、子供達(私と兄、そして、叔父の娘–いとこだよな)
「今何年生か」「学校はどうだ」、とか「担任の先生は男か」
興味も無いが、ほおっておくのも可哀想だから少し話かけておいてやろう。
オレ達大人はおまえを忘れたわけじゃないぞ、ということなのだろう。
はっきり言って余計なお世話だ。
いとこの女の子は、まだ小学校の低学年で、
別段、仲が良い訳でも悪い訳でもなかった。
ただ言えるのは、私と共通の話題などなにもない、ということだ。
その頃、自分も大人になったらああいう酒宴が
好きになるのだろうか?
馬鹿になるために学校にいくのだろうか?
考え込んでしまった記憶が有る。
結果は、全くああいう人種にはならなかった。
そのかわり、とびきり頭がよくもならなかった。
もちろん金持ちにもならなかった。
「お酒を飲みにいこう」という友達もいない。
というか普通に友達がいない。
仕事で付き合う人も、3回か4回断ったら
誘って来なくなる。ゴルフは出来ない。麻雀も出来ない。
「へー仕事一本か、よっぽど儲けてるんだね」
儲かるわけないだろうがこんな仕事。
自分が子供のとき大人が嫌でたまらなかったが、
自分が大人になって、子供を好きになったかと
聞かれれば、はっきりいって子供は嫌いだ。
自分が可愛いと思われていると自覚してる子供なんて
うっとうしくて大嫌いだ。
じゃあ、不細工なら良いのかったら、もちろん嫌いだ。
太ってやかましくて、ルールを守れない子供を叱れない母親に
向かって、この生き物なんとかしろよ、テメエのペットだろうが!
と言いたくなる。
子供と一緒に写った写真年賀状や、メールを送って来るようになったら
あ〜、こいつもか、終わりだな。もう一生かかわることもないな、
と思ってしまう。(実際そんなことはなくて一緒に仕事をしているのだが…)
それにこれは、台湾も日本もほぼ同じだと思うが
女は、母になった瞬間から怖い者知らずになる。
(台湾の場合は更に…)
子供の為ならなんでもする。
ずうずうしくなり、恥を捨ててしまう。
旦那さんの事を、「お父さん」とか「パパ」とか
呼ぶようになる。
もしウチがそうなったら、
そしたら、間違いなく私は家出するだろう。
k070225.jpg
中央より少し右側の煙突、なんだろう(←だから煙突だってば)
日本だったらこんな住宅地に一本の煙突ふが有れば銭湯、または銭湯の痕だ。
う〜ん来週時間があったら行ってみよう。
あ〜、今日は鬱っぽい話ばかりでごめんなさい、
明日から、普通通り仕事です。そのせいかな。

子供嫌い」への2件のフィードバック

  1. 真由美

    気持ち解ります。
    勤めていた頃、意地悪上司がいて(時々、お茶の支度をする炊事場でナ・ミ・ダ 今の私しか知らない人には信じられないでしょうが、とても大人しかったのです)日曜日の夕方になると「又、明日から会社か・・・」溜息でした。

  2. 三宅健司

    明日から会社だ、楽しいなって言う人はいないと思います。私は、本当に仕方なく成り行きで社長にならざるを得なかったのです。
    だから、社長つったって社員と同じですが…

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