天使の詩と鬱病

●う〜ん。嫌な事があって、どうしても眠れないので、普段とは少し違う事を書きます。興味ない方には全く面白くないと思うので、読み飛ばして下さい。
前に私は鬱病だと書きました。その通りなんですが、鬱病か、だたちょっと鬱っぽいだけなんて、そんな簡単に決められるものではありません。
●以前から、貧乏くじを引いたような生活を自分で選んでる私には(そう感じている事が問題なのかも知れませんが)、鬱病とは言えないまでも、やはり時々やりきれない鬱状態がおとずれていました。例えば原因は将来の事、親との関係、職場の人間関係、生活費、自分のやりたい事と現在のギャップ。こうして書いてみると、ほとんどの人が感じることがあるごく普通の悩みですね。
●でも私はあまり能天気じゃないっていうか、なんでも悩んでしまう性格なので、落ち込む事もしばしばでした。さっき挙げたような事を考えてなくても、暗い気分は突然やって来る事がありますよね(私はあります)。またその逆で、もの凄く暗い気分なのが何の理由も無く、ほんの少しだけ「あっ、ひょっとしたら大丈夫かな」とか「なんとなく、やっていけるかな」と、ポジティブとは言えないにしても、最悪の精神状態を抜け出せる事があります。こういう精神状態の変化には別に理由も無いのでしょう。
●でしょうが、こいいった瞬間、私はヴィムベンダースの映画「ベルリン・天使の詩」の天使を思い浮かべることにしています。「ああ、今天使が肩に手をおいてくれたんだな」と思うようにしています。何の為?何の為かはわかりません。ただ自分が弱い存在であることを忘れまいとしているのかもしれません。あるいは、何でも自分の力だけで活きているんじゃない、傲慢にならないように….。かも知れません。
●はっきり自分にもわからないのですが、私には天使(人によっては「神」または、神なる自己(ゴッドセルフ)と名付ける学者もいます)そういった存在を、信じる信じないは問題ではなく私はそう感じたい、というだけのことです。
●そう思っていると、精神状態が最悪の時でも、きっと天使が助けてくれる、今じゃないかもしれないけど、見ててくれる。と(実際に信じている訳ではなくでも)潜在意識の中でそう感じられるのです。傲慢じゃなく、ポジティブでありたいと言う事かもしれません。
※ヴィムベンダースの「ベルリン・天使の詩」については有名な映画なので説明しません。絶対観て下さい。

天使の詩と鬱病」への2件のフィードバック

  1. サトコ

    三宅社長
    毎回レスポンスつけてごめんなさい、暇なのかな私。本人は忙しいつもり。
    ベルリン~は2回見たのですが、1回目は高校生くらい?でしたので良さがちっともわからず、
    「人生に困った人が見る物ね!」なんて小生意気に。
    でも2度目は本当に人生に困った時にTVの深夜放送か何かで見て、じんわりきて。
    もう1度見たくなってきました。
    そそ、天使ちゃんはいるのです。
    私の昨日の天使なんてですね、正月が明けてから大変なことばっかりで、
    心も身体も冷えていてですね、元がネアカなもんで、落ち込むのにも慣れていなくて。
    でも友人が「ふろふき大根」を作ってくれたのです。
    それはそれは暖まる、それこそ心も身体も暖まったのです。
    ですから昨日の私の「天使」は友人は勿論ですが、「大根」なんです。ふふふ。
    三宅社長さんの天使は、手術をしてくれた「軽い」先生だったかもしれませんし、
    心配して待っていてくれた真美子さんかもしれませんし、
    会社で頑張っていてくれた直子さんかもしれませんし、リラックスしていたミミちゃんかも。
    そして「おやつ昆布」かもしれませんね♪

  2. 三宅健司

    長い文章を読んで下さってありがとうございます。
    私は別にキリスト教も新興宗教も信じていませんが、何か眼に見えないものの力、それもポジティブなパワーを信じています、というより信じていたいな、という話でした。
    ところで、「おやつ昆布」はなんか違う様な気が…..。

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